
21の誕生日に友達のMちゃんとHみんがシークレット誕生日パーティーを開いてくれたのは4月7日か8日の記事で書いたので記憶にあるかたもいるかもしれません。
その時にお手紙を二人からそれぞれもらいました。
そこに書かれていたこと。
『21歳もたーくさん一緒に思い出つくろうね↑↑』
『巴ちゃんと出会ってとにかく楽しくて幸せだったから、この2年間はすごく貴重なものだったって感じてる!!!』
『今ではホントに大切な友達です!!!』
私は冷徹な人間ですから、物心ついたときから人との間には常に壁を作っていました。
壁、というよりは姿は見える、分厚いガラスかな?
決して誰とも馴染めないわけではないのです。
バカやれる友達だっていっぱいいます。
親友と呼べる人もいます。
劇団の人達はほぼ毎日会う分とても濃い付き合いをしてますし、恋人だっていました。
ただ、その誰と対峙するときでも、あたしは決して全てを出しません。
恐らく親にさえも手持ちのカードをフルオープンにしたことはないです。
『友達って思ってるのは、親友って思ってるのは、もしかしたらあなただけなのかもよ?』
橋姫は21年間ずっと耳元でそう言い続けています。
『あたしなんかが友達だったら、この子は迷惑かもしれない。きっと友達と思ってるのはあたしだけだ。向こうは嫌々付き合ってくれてるのかもしれない…』
毎日そうやって内心ビクビクしながら笑顔を作ってきました。
正直今もそう思っていますし、きっと今後もそうでしょう。
だから、こんな風に『友達!!』と全面的にフルオープンされると、とても嬉しいのと同時に、本当にガラスを取り去っていいのかという戸惑いの間で苦しみます。
こんなことを言ってもらえる資格があたしにはあるのか。
こんなにも明るく腕を広げてくれているこの子達と一緒に笑う権利なんて、あたしにはあるのか。
人に無条件に甘えることなんて、あたしに許されるのか。
みんなの心の中を覗いてみたい。
そうして、他の人はどうやって人と距離を取っているのかを知りたい。
あたしのこのガラスの壁は正常なことなのか異常なことなのか、それが分からない。
この手紙は宝物であると同時に、あたしの中の何かの踏み絵。
橋姫が嘲笑う。
金の白眼をむきながら橋姫が嘲笑う。
『お前はひとりぼっちだよ。今までも、今も、これからも。』
このままではあたしは生成になってしまう。
最後には角が伸び耳は消え口角は裂け、蛇になるのだ。
竜女になるころ、あたしはもう居まい。
舞台の角から面を外さず、決してはけずにじっと見つめる。
見るが良い、これが懺悔の有様よ。
金の白眼をむきながら、紅い涙で襦絆と足袋を染めよう。
松虫を謡い乍、今度はあたしが嘲笑う。
今は濁世の人間殊に拙き我等にて
心もうつろふや菊をたゝえ竹葉の
世は皆酔へりさらば我ひとり醒めもせで
萬木みな紅葉せり
たゞ松虫の獨音に
友を待ち詠をなして
舞ひ奏で遊ばん
果たして友なぞ来るのか?人を捨て正気を捨てた女に、友なぞ来てくれるのか。
鉄輪
私もよく似た部分あって、100%人に自分をさらけだすことがないです。
人付き合いと言うのは、100%見せない方が、うまく行くと思っています。それは、元々持って生まれた性格と、人生経験の中で、学んだ結果です。
何をやるのも、できるだけ自分の力でやってしまおうと思うタイプです。
でも、やはり人は一人では生きてゆけず、必ずどこかで誰かに頼ることが出てきます。
そんな時、真っ先に信頼する友達に相談したり、自分の弱さを出したりします。
そういう駆け引きと言うか、出す部分と出さない部分とのバランスをうまくとりながら、人付き合いして行けば良いのではないかしら?
それは、女友達にも、恋人にも共通して言えることだと思います。
・・・私はこういう考え方ですね〜^^b